野球は親父とのキャッチボールで終わった

小学校4年生から6年生ぐらいの3年間はよく親父とキャッチボールをしました。家の近くの公園で互いにグローブをし、軟式ボールをテンポよく投げ合いました。

親父自身が野球の経験はなかったのですが、大の巨人好きだけあって見様見真似でぼくに野球を教えてくれました。

小学生のうちはカーブは投げない方がいい。骨ができあがってないからだという持論をおそらく50回ほど聞かせれていましたが、なぜだかカーブの投げ方を教えてくれる変な親父でした。

その教えもあってぼくはリトルリーグなどで野球をしている子たちの中でもカーブは大きく曲がり、ストレートの球速も100kmを超えるまでに成長しました。

キャッチボールをする公園には金網があって、空いていればそこを使いました。バッティング練習ができるからです。今でも覚えている細く短い銀色の金属バットをどちらかが持ち、もう一人が投げる。

そんなことを毎回していました。

今でも覚えている一つが、コントロールの良い親父が誤ってぼくにデッドボールを投げたことです。

それを機に攻守交替。

その第一球でぼくは親父にデッドボールを投げ返しました。

その時の親父の苦笑い、やるじゃねーかとばかりにコチラを見返してきた表情、その顔を今でも昨日のことのように覚えています。

息子とのキャッチボールは親父の夢ですね。